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自信が持てないとき

自信がないとき、ふと、こんな言葉が頭をよぎることはありませんか。

私は、誰からも必要とされていない人間なのかもしれない。

一生懸命やっているつもりでも、周りからなかなか認めらないとき
ちょっとした取り方の違いから、孤立してしまったとき

たいていの場合、まず認めてくれない他人から責めはじめ
最終的に、自分で自分を追い込んでいきます。

どうせ、私は何をやっても能力がないからダメなんだ、と。

もし、私が自分の進む道をはっきり把握できていたのなら。
もし、私しか表現できない特別な何かを持っていたのなら。

「もしも…」仮想の中で夢を膨らませ、
「そうだったら私だって人から必要とされる人間になれたのに」と思う時があるのではないでしょうか。

特別なものだけが愛され、必要とされるという錯覚。

もともとは謙虚さから来た考えなのかもしれません。
けれども、これはある種、特別意識を生みかねない、危険な思い込みです。

選ばれた人だけが与えられた必要性があるとしたら
それは、これを読んでいるあなたにだって必要性はあるということなのです。

今ここにいるのは、全員選ばれて生まれてきた特別な存在なのです。

たとえば、誰かを好きになったことがある人なら
たとえば、人の幸せを願った経験があるのなら
夢を持った経験がある人なら
心から感謝したことがあるのなら
「ありがとう」といわれたことがあるのなら
それだけで、十分あなたはここにいる価値のある人なのです。

自信に満ち溢れ、光り輝いているカリスマ性のある人は
必要があって存在しています。
同じように、日々の暮らしの中で
ふっと微笑み合える瞬間を持てる人は、周りに愛を贈れる人なのです。
誰かを救える力を持っている人なのです。
あなたがそれを知らないだけ。
自分の力を信じていないだけなのです。

それでももし、どうしようもなく絶望の淵に立たされているのなら
こういう風に考えてみてはいかがでしょうか。

どうせ価値がない人間なら、これ以上落ちようがないのだから、怖いものはないはずです。
追い詰めないで、怖いものがない状態を楽しむのです。
あとは、ゆっくり這い上がるだけ。
無理に這い上がろうとしなくても、どん底まで落ちたなら自然に上がっていくので心配ありません。
期待されていなければ、プレッシャーを感じなくてもすみますし、
こういう時期だからこそ、だめもとで何かに挑戦するのもいいかもしれません。

何をやってもダメだからこそ、何でも出来るのです。

そうやってふっと肩の力が抜けたなら、もう一度深呼吸して
普通の中に存在するたくさんの必要性を探してみてください。

あなたが誰かを必要としたことがあるように
誰かもあなたを必要としています。
何よりも、いつだってあなたはあなたを必要としているのです。

Chie

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