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がんばり過ぎのとき

少しだけ、無理してはいませんか?
少しだけ、頑張りすぎてはいませんか?

本当は疲れているのに、
クタクタで横になりたいのに、
何もかも投げ出したくなっているのに、
もう少しだけと、まだ頑張ろうとする。

あなたをそこまで追い詰めているのは、一体何でしょうか。

自分に厳しい人は、自分で掲げた旗を、いつになったら降ろしていいものかと躊躇します。
さらに厳しい人になると、一旦掲げたものは、自ら降ろすべきでないとさえ考えます。

“子供じゃあるまいし、いい加減なことなど出来ない!”
“周りに迷惑はかけられない!”
“私が頑張るしかない!”

目が廻り始めても、足が絡まり始めても、あなたは走り続けることを止めない。

全ては責任感から来るのですね。

その責任感は、多くの人を助けることでしょう。
その頑張りが、確かな結果を生み出すことでしょう。
あなたの必死さは、いつか必ずや、成功へと導いてくれるでしょう。

しかし、ひとつだけ忘れないで欲しいことがあります。
それは[部品が壊れない限り]という条件付であるということです。

私たちはみんな感情が核となり生きています。

頑張って、頑張って、自分を叱咤激励して、「疲れた…止めたい」という感情に耳を傾けないでいると、そのSOSは精神のバランスを崩し、身体に病を及ぼさないとも限りません。

どんなに頑張ってみても、[限界]はあるのです。 それを超えてしまったらせっかくの頑張りも無駄になってしまう。

私たちは一人一人に合う器の大きさを持って生きています。
もちろん、器の大小に優劣などはなく、自分で用意した課題をこなすだけの器を持って生まれて来ているような気がします。
容量の多い器であるにもかかわらず、「もう、これで充分」とチャレンジする前から区切りをつけてしまうのは勿体無いことです。
しかし、同じく、容量オーバーで器にひび割れが出来始めているのに「もっともっと頑張らなくちゃいけない」と無視して走り続けるのもどうでしょうか。

放棄することではないのです。
逃げることでも、負けることでもないのです。
少しずつでよいから、背負い過ぎた過剰なその荷物を、徐々に整理することを、自分に許可してあげて欲しいのです。

我慢せずに「私は限界だ」と声に出して、周りに知ってもらってください。

あなたの荷物を少しでも託せる人を探してみてください。
私たちはぜんまい仕掛けのおもちゃのように、止まってもまた巻けば動くような単純な作りには出来ていないのです。

張り屋のあなたが置き忘れてしまっているであろう、最も大切なこと。
それは、周りへの信頼感、自分への労わり、自分を愛するという、極当たり前な行為なのかもしれません。

Chie

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